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逃げ上手の若君/北条時行の最後は死亡?その後どうなった・生きてるか解説

『逃げ上手の若君』は松井優征(まついゆうせい)原作の歴史漫画で、2024年7月からアニメ放送が決まりました。

“戦って死ぬ事が武士の誉れ”と言われた時代において、敵から逃亡する事で英雄になった北条時行の生涯が描かれています。

そこで今回は「逃げ上手の若君/北条時行の最後は死亡?その後どうなった・生きてるか解説」というタイトルで書いていきたいと思います。

最後までお付き合いよろしくお願いいたします。

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逃げ上手の若君/北条時行の最後は死亡?

北条時行(ほうじょうときゆき)は鎌倉幕府最後の執権である得宗(とくそう)北条高時(ほうじょうたかとき)の二男として誕生しています。

北条家のトップの子として生まれ、兄の邦時(くにとき)がいるものの側室の子であるため後を継ぐのは時行と決まっていました。

そんな北条時行の最後は死亡したのか調べてみました。

8歳の時に一族皆殺しにされた

北条時行は8歳の時に一族皆殺しにされています。

兄の邦時は足利高氏たちが起こした謀反で殺されてしまい、わずか8歳で天涯孤独の身の上となりました。

時行は信頼していた家臣に裏切られて、親や兄弟など一族を皆殺しにされる悲劇に見舞われるとは想像もしていなかったかもしれません。

最終的に足利勢に制圧され捕らえられている

北条時行は最終的に足利勢に制圧され捕らえられています。

新田義興(にったよしおき)と一緒に鎌倉を攻め、足利基氏(あしかがもとうじ)を破って鎌倉を奪回する事に成功。

しかし幕府の攻撃は防げたものの、最終的に足利勢に制圧されてしまい捕らえられてしまいました。

時行が滅びた鎌倉幕府の正統の後継者とあっては足利側の追手も相当激しかったはずで、それでも逃げ切ってきたという事はよほどの逃げ上手だと考えても良さそうです。

鎌倉竜口で処刑された

北条時行は鎌倉竜口で処刑されました。

時行は3度目の反乱の後で処刑されていますが、中先代の乱も併せて何と3回の鎌倉奪回を果たしています。

1回目は中先代の乱で、2回目と3回目は後醍醐天皇を帝とする南朝の武将となって鎌倉を奪回を成功させました。

北条時行は最終回・最期に死ぬ可能性が高い

北条時行は最終回・最期に死ぬ可能性が高いです。

いくら時行が逃げ上手だといっても1人ではとても逃げ延びる事は不可能だったと思われます。

おそらく今後登場する仲間や協力者などが時行と共に、鎌倉幕府再興のために力を尽くしたのではないでしょうか。

時行は反乱を起こしその度に鎮圧され逃げ延びたたものの、3度目の反乱で処刑されました。

逃げ若/北条時行はその後どうなった・生きてるか解説

頼重は時行の事を”天性の逃げ上手だ”と褒めています。

しかもただの逃げ上手ではなく、敵の前から決して逃げ出さないという気概のある魅力的な人物だというほどです。

ここでは北条時行はその後どうなった・生きてるか解説していきます。

時行は諏訪に落ち延び2年後鎌倉を奪回(中先代の乱)

北条時行は諏訪に落ち延び2年後鎌倉を奪回(中先代の乱)しています。

中先代の乱は足利高氏に鎮圧されましたが、これは足利高氏の室町幕府成立と南北朝動乱を呼び起こした反乱でした。

鎌倉を奪還できたもののわずか20日ほどで足利高氏の軍に敗れ諏訪頼重(すわよりしげ)は自害しますが時行は逃げ切ります。

連合軍で鎌倉に攻め入り2度目の鎌倉奪回

北条時行は連合軍で鎌倉に攻め入り2度目の鎌倉奪回します。

北朝から京都を奪還しようと率いられた北畠顕家(きたばたけあきいえ)の軍に参加した時行。

鎌倉幕府を滅ぼした新田義貞の子である義興(よしおき)もいて、3人は連合軍を結成し鎌倉に攻め入って2度目の鎌倉奪回に成功させました。

その後北畠顕家とともに京都に行くのですが京都に近づくにつれて敗戦が重なり、北畠顕家が討死した事で遠征軍はバラバラになってしまいます。

しかし時行はここでも逃げ切り生き残りました。

3度目の鎌倉奪回は10数年後

北条時行の3度目の鎌倉奪回は10数年後です。

3度目の鎌倉奪回は10数年後と少々時間がかかっています。

作中では武芸も出来ないただ逃げる才能に長けている若君とされていますが、中先代の乱の後も2回鎌倉の奪回に成功するのは容易な事ではありません。

さらに3回目も鎌倉奪回させた事からも、才能のある武士に成長するのではないかと思われます。

新田義興とともに鎌倉を攻め足利基氏を破り3度目の鎌倉奪回

北条時行は新田義興とともに鎌倉を攻め足利基氏を破り3度目の鎌倉奪回しました。

徳寿丸(とくじゅまる)と呼ばれていた新田義興と一緒に鎌倉を攻め、足利基氏を破って見事鎌倉を奪回します

新田義興は新田家の嫡男として10歳にもなっていない若さで出陣し、北畠顕家(きたばたけあきいえ)の計らいで時行とその郎党である逃若党に会っています。

最終回・最期に北条時行は生存していないと考察

最終回・最期に北条時行は生存していないと考察されています。

時行は頼重から自分だけの郎党を集めた方がいいと提案されました。

作中では郎党の強さ=主君の強さそのものとされているからです。

わずか8歳で時行は家族・家臣を全て亡くしているので一から作り直さなければいけなかったという苦労が垣間見えます。

そこまでしても時行は最終回・最期に北条時行は生存できなかったと考えられます。

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まとめ

・8歳の時に一族皆殺しにされた。

・最終的に足利勢に制圧され捕らえられる。

・鎌倉竜口で処刑された。

・北条時行は最終回・最期に死ぬ可能性が高い。

・時行は諏訪に落ち延び2年後鎌倉を奪回(中先代の乱)。

・連合軍で鎌倉に攻め入り2度目の鎌倉奪回。

・3度目の鎌倉奪回は10数年後。

・新田義興とともに鎌倉を攻め足利基氏を破り3度目の鎌倉奪回。

・最終回・最期に北条時行は生存していないと考察。

最後まで読んでくれた方、ありがとうございました!

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