【進撃の巨人】スラバ要塞は日露戦争の旅順要塞と203高地がモデル?場所はどこなのか




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マーレと戦争をしていた中東連合。

4年争い続けた相手で最終局面ではスラバ要塞での描写になります。

この時に登場した戦地が日露戦争の旅順要塞や203高地がモデルになってるのではないかという情報がありました。

また、進撃の巨人上で世界地図で見ると場所はどこになるのかも気になるところ。

こちらの記事ではスラバ要塞は日露戦争の旅順要塞と203高地がモデルなのか、更に場所はどこなのかという事についても深掘りをしていきます。

それではさっそく見ていきましょう!

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【進撃の巨人】スラバ要塞は日露戦争の旅順と203高地がモデル?

スラバ要塞は縁系の高台に聳え立つ要塞。

この戦争ではスラバ要塞の直ぐ下にある軍港の中東連合艦隊を沈めればマーレの勝ちという事でした。

結果はジークの投球技術により勝利しましたね。

こちらの舞台のモデルとなっているのは日露戦争なのではないかという情報がありました。

ひとつひとつ見ていきましょう!

ストーリーの構成は旅順攻囲戦がモデル

1904年(明治37年)8月19日から1905年(明治38年)1月1日に日露戦争でロシア帝国の旅順要塞を日本軍が攻略し陥落させた戦いになります。

日本軍の勝利、ロシアの降伏およびロシア旅順艦隊の戦闘機能喪失という結果でした。

マーレと中東連合の戦争でも〝艦隊を沈めればマーレの勝ち〟という事でしたね。

どちらも戦艦の機能を喪失させれば勝ちという共通点があります。

なのでマーレ軍VS中東連合の戦争は日露戦争の旅順攻囲戦がモデルになっていると考察をしました。

スラバ要塞のモデルは203高地

スラバ要塞は丘の上にある要塞になります。

こうやって見るとカッコいいですね!

こちらのモデルは中国北東部の遼東半島南端に位置する旅順(現在の大連市旅順口区)にある203高地の旅順要塞がモデルになっていると思われます。

海抜203メートルであることからこの名が付けられたそうですよ。

大連市により、文物保護単位に指定されています。

また、1990年頃から観光客に開放されるようになったそうですよ。

軍港のモデルは旅順港

ジークが爆弾を投げて壊滅させた軍港は旅順港がモデルとなっていると思われます。

マーレと中東連合、日露戦争はどちらも軍港を制圧したら勝利でしたね。

旅順港は1894~95年の日清戦争でも攻防戦があったそうですよ。

そう考えると重要な軍事拠点だったという事が分かりますね。

スラバ要塞の場所はどこ?

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スラバ要塞は203高地の旅順要塞がモデルなっているのではないかと考察をしました。

では、このスラバ要塞は進撃の巨人の地図上ではどこにあるのでしょうか。

スラバ要塞の場所についてはこちの画像が参考になるかと思います。

パラディ島から南下した島になるのではないかと思われます。

ライナーとジーク達が飛行船で移動して来ている事から、スラバ要塞が島にある可能性が高いという説がありました。

地続きだったら中東連合に飛行船を破壊される可能性があるのでこの説はなかなか有力なのではないかと思います。

スラバ要塞は旅順がモデルに対するネットの反応

スラバ要塞のモデルについて多くの方はどう思っているのでしょうか。

Twitterの反応を見てみましょう。

一定数気づいている方がいる印象でした。

いやーこうやって気付けるなんて凄いですよね!

僕はそういったことは一切気になりませんでした(笑)

まとめ

・マーレVS中東連合の戦争は日露戦争の旅順攻囲戦がモデルになっていると考察

・スラバ要塞は旅順要塞、軍港は旅順港が舞台なのではないかと思われる

・進撃の巨人の地図上でスラバのある場所はパラディ島から南にある島なのではないかという説がある

最後まで読んでくれた方、ありがとうございました!